space
contents news information invitation activities my_room free_action data_box name
space
初(はっ)ちゃんの世界紀行 ――吉田初枝
 
ベトナム北部ハノイからの旅 [2023.10.02~10.10]
 
 年齢的にも個人旅行は、無理を承知だが、幸い若き相棒さんを得て、心強く喜ばしい限り。関空より5時間でハノイに直行する。1000年の歴史を持つハノイは、何度訪れても、魅力あふれる古都。北部への観光の拠点となっている。

 ホアンキエム湖の近くの、庶民的なホテルへ落ち着く。ホテルの主任が観光のパンフレッドで、ツアーを斡旋しようとするが、先ずは考えると返事をする。湖の周りを観光しながら、旅行会社でのハロン湾のツアーと、サパ行きバスのチケットを予約。ホテルの誘いに乗らないので、其れからは、挨拶なしの冷たい態度。もっとハノイの歴史的な見所を回りたいが、今回は時間的に余裕が無く、私は何度も来ているが、彼女に訪れて欲しかったが、時間的に無理だった事が心残り。

 
1.ハロン湾 2.ハロン湾
ハロン湾 space ハロン湾
3.スンソット洞窟 4.カット・コービーチ
スンソット洞窟 space カット・コービーチ
 
ハロン湾のツアー
 早朝からホテルの周辺は、小さな椅子とテーブルで、ベトナム名物のフォー(米の粉で作るうどんに似ている)を、食べるのが日常生活の始まりのようです。家庭では朝食は作らないのでしょうか、道ばたのバイクや車の排気ガスが、充満しても何も気にしてはいない。

 ツアーバスはホテルまで迎えに来てくれる。リクライニングの出来る大型バスは乗り心地良い。3時間弱かな、立派に整備された道路を通行して、大きな港に着く。多くの観光船が停泊している。その中の一つに導かれる。エメラルドブルーの静かな湾の水面を、滑るように沖に繰り出す。次々とユニークな奇岩の小さな島が次々と現れる。海に面している岩は、海流より削られて、細くなり頭でっかちになっている。夫々に名前を付けて、楽しませてくれます。フェリーでは昼食を戴きながらの見物は、平和の極みです。ベトナム随一の観光地を、世界中の人々が訪れている。若き日に観光した時より、随分と華やかになっています。昼からはスンソット洞窟へ、長い階段を上り下りで、やっとたどり着く。ライトアップされた鍾乳洞の内部の巨大さは、驚くほどの広さです。フェリーに乗りカット・コーのビーチに停泊する。若き人々は水着姿で、船内を歩き、美しい肢体を惜しげもなく見せてくれる。カヌーに乗り換えて、洞窟くぐりをしていましたが、私達は参加をしませんでした。太陽の沈む幻想的な光景を見て、それでお開きとなり、ハノイの夫々のホテルまで送ってくれました。

 
5.サパ フランスが建築した教会
サパ フランスが建築した教会
 
ハノイ⇒サパ
 予約したバスは各ホテルまでの迎えがある。寝台バスです。(3列で2段ベッド低いが寝ていける。日本の長距離バスに良く似ています。)6時間ほどかかるが道路がとても立派になっている。政府が観光に力を入れたのです。1500mの山岳地なのに、到着してみれば暑い。バスターミナルは無く、道路沿いで降ろされて、さてここは何処なのかと、迷って居ると赤ちゃんを背負った少数民族の若き女性に、聞いてみるがはっきりしない。着いておいでの言葉に従うが、途中で別れる時には、お金を請求されて、がっかりする。拒否すれば凄く怒り、罵声を浴びせられる。最初日から観光慣れした様子に、悲しい思いをする。以前は鄙びておっとりとしたサパは、すっかり様変わり、フランスが統制していた建築物の教会を目当てに行けば、予約したホテルは直ぐ分かった。古いがとても便利な中心にある。清潔で広い部屋のホテル。バルコニーから近くの風景も眺められ、洗濯物も干せる。此処での滞在は快適になるでしょう。

レセプションで少数民族の村の事、ガイドの料金などを聞く。サパ湖の周辺は赤や青の花のモニュメントが飾られて、新しく歩道が出来ている。路上の隅では女性達が、夫々の民族服を着て、手作りの品を売っている、篭を背負って、手には矢張り手作りの品を持って、声かけて来る人達もいる。しつこくはないが、若い主婦のアルバイトでしょうか。ザイ族の二人連れ、近くのカット・カット村の観光の誘いにのる。37歳には見えない小柄な女性。ホテルの料金の半額だったので、少し不安はあるが、明日のガイドを承諾する。

6.サパ カットカット村 7.カットカット村の滝
サパ カットカット村 space カットカット村の滝
 
8.モン族の植物繊維からの織物
モン族の植物繊維からの織物
 
サパにて、カット・カット村
 昨夜のバルコニーから見える、外のイルミネーションは、まるでクリスマスの飾りのように美しい。朝食はメニューも多く、満足の至りです。約束の時間には、ホテルの玄関で、ガイドさん待っていてくれている。
 
 カット・カット村とシンチャイ村へと、誘導してくれる。長い坂道を下る。相棒さんもガイドも、膝が悪い私を気ずかい、ゆっくりと進んでくれる。ステッキを持ってきてよかった。両サイドにはお土産屋さんばかり、まるで京都の錦市場のようです。外国人が着物で観光をしている様に、此処にも民族服の貸衣裳屋さんが多い。少数民族の村を訪ねたはずが、すっかり観光化した村を訪ねた感じです。急な階段を登ったり下ったりで、メインの大きな滝に出合う。植物からの繊維で布を作る作業を見せてくれるアトラクションもありました。砂州には馬もいて、民族舞踊の始まりを、多くの観光客が待っているようでしたが、時間が掛かりそうなので、パスして涼しい高みで、少し休憩をする。日中はとても暑い、ハードな登り下りで、私は疲れました。もう一つの村のシンチャイは、今見えている村ですと聞くと、何だか自信が無い。相棒さんは余力十分らしいが、気の毒に思う。道路工事があって、車では時間が掛かりそうなので、バイクの後ろに乗せてもらい、サパに帰る。
 
 昼からは天気が悪くなるとの予想で、早く山登りをしたかった気持ちがある。ベトナムの最高峰ファンシーパン山(3143m)にロープウエイで登れる。私は過って頂上で、気分が悪くなった記憶があるので、相棒さんには登って欲しかった。彼女は元気に登って行きました。私はサパの町を巡回する観光車でグルーと1周をする。途中下車もOK、サパでの一番大きな市場に降ろしてもらう。夫々の民族服での女性たちが、自分の畑で採れた農作物を売る、きびきびとよく働く、常設の店は内部にあり、買うものは無いけど、歩き回るのは楽しい一時です。サパの町で印象に残ったのは、小数民族の女性達は、体格は小さく若々しく見えます。以前のおっとりとした町は、すっかりと観光化してしまった。これからも益々この傾向は激しくなるでしょう。

 
9.タムソン村のおっぱい山 10.眼下の少数民族村
タムソン村のおっぱい山 space 眼下の少数民族村
11.絶景 12.少数民族の少女たち
絶景 space 少数民族の少女たち
13.モン族の王様の旧邸 14.月岩海岸
モン族の王様の旧邸 space 月岩海岸
 
サパ⇒ハザン
 ハザン省ドンバンにはベトナムでは、此処にしか残っていない少数民族の暮らしと、石灰岩の浸食によるカルスト台地の景観がある。其処に行くにはバスも、当てにはならない。昨夜ホテルの女主人と相談で、車とドライバーさんの1拍2日を、すんなりと予約ができた。
 
 朝食は独特のパンケーキとお茶、終わったところに、立派なトヨタの車と実直そうなドライバーさんがやって来た。彼はキン族とのことだった。日本の田舎の風景と良く似た村々を通り過ぎ、幾つもの山を越えれば、クワンバ地区のタムソン村を一望出来る。峠から見える円錐形の山二つを、女性の胸に例えている。山の道は細く、ガードレールは無く、幾つものヘヤーピンカーブを越えていく。ドライバーさんは卓越した運転技量の持ち主で。安心して運転を任せられる。彼は絶景という所では、何時でもストップしてくれる。多くの観光客も車を止めて写真に収めています。山から続く一面の巨大な景観と、眼下の少数民族の村を見下ろし、大自然が育てた神秘的な素晴らしさと、独特の文化と伝統を守る民族の村は、昔と変わりなく、静かに自給自足の生活をしているのでしょう。ベトナムにはキン族が大多数で、少数民族は耕作地の戦に敗れて、山岳地帯へと追いやられたそうです。どの国にも同じような事情で、少ない民族はその国の国境線沿いに、暮らしています。
 
 パオというモン族の旧家(パオの物語の映画で使用された。)が、昔と変わらぬ姿を残しています。今は観光地となり、多くの人々が訪れています。畑にはソバの花が満開時です。日本は白い花ですが、此処はピンクです。ソバは痩せた土地でも良く育つと聞いて居る。絶景や観光地には、必ず篭を背負った幼い子供達が、被写体となり僅かなお金を貰っている。学校には行かないのかな、親が仕向けているのか、悲しい現実を見る思いをする。
 
 イエン地区の中心部には、真っ黒な岩が続く。奇妙な景色を月岩海岸と言われている。驚くような風景でした。アヘンの原料のケシの栽培で、財を築きドンバン地方を支配したモン族の王様チン・ドウックの伝統的な家屋は、今や観光の対象となっていた。アヘンを貯蔵するための石に囲まれた部屋が残っていました。子孫は現在アメリカに住んでいるらしい。
 
 この地域は中国の雲南省との、国境を接する地にあるので、何度も戦があり破壊を繰り返した。ドンバンでは明日マラソンが開催されるそうです。ホテルは満室が多く、私達が泊まったのは、誠に粗末な宿でした。ハザンでの女主人の安く上げる口実かも知れない。夕飯は近くのベトナム郷土料理店で食べました。日本の鍋料理に良く似ていますが、海鮮は無く、豚、鳥、牛肉と野菜が主な食材で,薬味のたれをつけて戴く。最後のスープでベトナム独特のフォー入れる。日本ではおじやになる違いがある。夕食が終わってから、夜のドンバンマーケットを散策する。ネオン眩しく不夜城の如く多くの人々が、楽しんでいます。夜空にも不思議なイルミナーションが浮かんでいます。私はどの国でも、夜には出歩かないようにしているのが、安全策であると思って居ます。人々はこんなにも楽しみがあったと,今更ながら気づかされました。

ドンバンにて
 
15.ドンバン日曜市 16.ドンバン日曜市
ドンバン日曜市 space ドンバン日曜市
17.マービーレン峠 18.モン族の村
マービーレン峠 space モン族の村
19.ニョークェ川下り 20.川下り
ニョークェ川下り space 川下り
 
 日曜日には早朝から、盛大なドンバンの日曜市が開かれる。路上を所狭しと青空市に変わり、お祭りの様に、売り買いの人々で賑わっています。随分活気があります。夫々が少数民族の衣裳を着ていますので、彼等には何族かが分かりあえるのです、以前バックハー市場を訪れた時の、感動が蘇ってくる。此処も牛、豚、鶏、猫、犬までもが売られ、常設の市場の内部では、日常生活に必要な物、全て揃う。市場の食堂でフォーを戴く、3回目ですが、何処も味が薄過ぎる感じです。美味しいとは思わなかった。ベトナムの朝、昼の常食のようです。
 
 市場見物を終えて、観光に出掛けます。ハザンからメオバンまでの幹線道路は、若人達のボランテイアで6年をかけて、手作業で完成したという。その記念碑や人災で無くなった人々の慰霊碑がある。ハザン省の山岳地帯のカルスト台地を巡る絶景は、交通手段が無い秘境と呼ばれるに相応しく、息をのむ様なビューポイントが続く。数ある中でも印象深いのは、マービーレン峠からワイルドな石灰岩の山々の底に、濃緑に流れるニュークエ川の美しさ。ドライバーさんが、あの川下りをするのですと言う。山を下ると言っても、螺旋状になっているヘヤーピンカーブの連続を幾度も越えて、川へと下って行かねばならない。切り立った山岳地を流れる、濃緑した不思議な色彩の川下り。中型の船で15人位、皆若いベトナムの人々、まだ一般には知られざる秘境中の秘境を、こんなにも美しい川を、のんびりと川下りが出来るとは、何と幸せな事でしょう。
 
 昼食は以前、戴いたベトナム食堂で卵の料理が美味しい、酸っぱいタレにつけての食べ方がユニークです。ベトナムの最北端へと車は走る。ルンクー村のフラッグタワー迄、300段位かな、段差が大きいので、皆について行けず、待っていて下さり、やっと何とか頂上まで登ることは出来ました。タワーの中までは行けません。タワーの上に掲げられている大きな国旗は、ベトナム民族の心意気を、中国に堂々と示している、誇らし気に旗は、はためいている様に感じました。
 
 暗い夜道をハザン迄はとても危険ですが、ドライバーさんは安全に慎重に、運転を為さって、私達は無事にハザンの宿に帰り着きました。次の日はハノイの空港近くのホテルから、大阪までを4時間で帰路につきました。今回は相棒さんのスマホのお蔭で、とても助かりました。通訳が出来るとは、知りませんでした。私は時代に如何に遅れているかを、知らされましたが、もう歳だからこれで良いという、気持ちの切り替えにもなりました。残り少ない元気な時を、大切に過ごしたいと思います。

 
space

space
space
「初(はっ)ちゃんの世界紀行」へ戻る
space
space
space
contents
space
space