論考3(登山の社会)
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トムラウシの教訓
  エベレストにも今日ではガイド付の登山が一般化しつつあるなかで、国内では山岳ガイドが引率する登山や、旅行社が募集する登山でしばしば遭難事件がおきるのはどうしたものであろうか。
 彼等はプロ集団であるはずで登山の諸技術はもちろん、あらゆる場面で対応する能力があるからこそ料金をもらって一般客を山へつれて行く能力があると考えられている。
 彼等は天候の突然の悪化や、参加者のなかに不調の人が出ても、無事に登山を完成させる諸技術がそなわっているからこそプロ集団で居られるはずであった。それがプロを名乗るプライドである。
 これに対して一般社会人の山岳会では、より先進的、先端的登山をめざすことから(運動能力+知的能力=技術)参加者が一丸となってチームを作り、その目的とする登山を完成させるために結束するのであって、山岳会に入会したからといって、先のプロガイドのように客として処遇されることにはならない。但し、旅行と登山の区別のつかないレベルの山岳会はその限りではないが、実はこれが最も多いのである。
 参加者はリーダーを助けてリーダーが適切な判断ができるように支援することが肝要である。
 金銭を支払いを受けることで旅行会社やプロガイドたちは参加者を登山客として処遇するべき義務が生じる。しかるに、様々な場面において、集団の統制がとれず、バラバラになり弱者から次々と死亡して行く例を毎年のように見ることになるのはいかなる理由によるものか不思議でならない。
 評論家達は語る。旅行会社が利益の追求ばかりで現場を知らない。とか、ガイドを自社社員にせず、資格審査もせず適当に選んで安い日当で雇うから、とかの話が聴こえてくる。
 それらはいずれも事実なのであろう。
 小生の聴いた話では、日帰りなら一日一万円で弁当付。長年登山を続けてきた中高年のリタイヤ組にとって、けっこう小使いにはなるから引き受ける人も多いのだという。実はこのリタイヤ組の中にはツアー登山や集団登山に参加することで、自分の山歴とする人が多いので真の実力がそなわっていないのだ。これでは会社と雇われガイドとの関係は日雇い人夫同様のものとなり、事故などの責任問題は最初から想定の外なのだ。
 09年夏におきた北海道のトムラウシ山(2141m)で起きた大量遭難事件もその例にもれないものだ。
 一行18名のアミューズトラベル(旅行会杜)が主催したツアー登山で8名が凍死している。
 アミューズは小生の友人もガイド登録していて、電話一本で引き受ける登山があって、夏は多忙であるという。その友人は山歴も経験も豊富で問題はないが、おしむらくは年齢が高く、非常の場合は無理が生じることはうたがう余地がない。もう止める時期だ。と言うのも最もである。
 少し以前に同じ北海道の羊蹄山で京都の登山客が2名山頂近くにとり残され、荒天のなか凍死したものがある。ガイド(只の引率者か)は先に下山しており、「追ってくるものと思っていた」と語っている。このときも各方面から旅行会社の体制に批判が発せられている。
 だが、今回も全く同じ内容の遭難がくりかえされたのだ。
 日本山岳ガイド協会はこれを重視し特別委員会を作り事故要因の調査をはじめている。
 その中間報告では、ガイドの「低体温症」に関する知識不足や判断の甘さなどを指摘している。
 最終報告書は10年春に出すようであるが、およその結果は報告書によらずとも分かる。
 低体温症はあまり知られていないが山の世界では数式化されていないだけで経験者は沢山居て小生も夏の荒天で急速に体温を奪われる例を経験している。問題は、そこに至るまでに幾っかのプロセスがあることだ。
 トムラウシではガイドが山頂付近から救援を呼びに走ったと聞いている。定年後の職業の一種として好きな山岳を選んだことは充分理解できるが、それこそが問題の核心であった。
 第一に天候予測を誤り、第二に18名の集団をまとめられず、第三に間に合うはずのない救援を頼みとする。第四に低体温症の知識となるが、一の段階で止めれば何事もおきなかったはずだ。
 それでも第三の救援など依頼せず18名を2班に分け、密集状態で岩陰か、這松の中に潜りこみ、カッパ着用の上ツエルトを被って時間を稼げば嵐はやがて納まり、低体温症にまで至ることばなかったのである。トムラウシ山の周辺では地形の複雑さが逆に逃げ場所を提供してくれるのを見逃したことはかえすがえすも残念なことであった。(2010.3.10)
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リーダーは聖職者か修行者か
 最近、公務員や大企業の従業員のモラルの破綻が言われている。部下の小さな悪事を見逃し、見て見ぬふりしてその場を納める。波風を立てなくする穏便な配慮の結果、罪の意識が消え、それを積み重ねて行く。
 しかし、それは別の角度から世間に明るみに出て、役員以下幹部が責任をとり一列に並んで辞任の会見をするのが定番となった。
 これをみたマスコミや識者や専門家といった人達が自論を述べていて、いちいちもっともだと拝聴するが、実のところそんな手緩いことでは納まりそうにない。
 小生は我国の戦後からバブル崩壊まで社会主義的システムが機能していたとみており、前進のための診断は、いずれも改革開放路線をとるより他なく、いわゆる「自由主義」路線を行くべく進行中である。この進路変更は幕末の黒船にも匹敵するもので反対派は当時と同じように必死で抵抗している。開国か尊皇攘夷かとの選択は明らかに前者であった。苦しくともその道が大きい利益を生む。
 集団には必ず落ちこぼれが発生しサボル人間が出てくる。世界中のどの優秀な集団であっても必ず何%かの不良分子がおり、これに罰を課すことの恐怖によって組織が運営されてきた。罰は厳しいほど効果的で知恵のない所ではこれに頼って自等墓穴を掘って破綻したのは記憶に新しい。
 我国のバブル以前の社会では正直に言ってしまえば責任放棄と泥をかぶる危険の回避を前提とした「見て見ぬふり」をすることだった。自己保全で「養う家族が居る」から仕方なかった。が容認されてしまった。
 これなら先頭切って働く人は居なくなる。働く気持ちはあるが全てが無駄だとあきらめてしまう。こうして能力ある人が社会から外れた所で好きな事をして努力なしで、おいしい部分だけいただく作業に専念するのであった。
 労働の対価が労働者の能力に応じたものにならない社会はいずれ破綻する運命にある。
 自由主義社会で性悪説を取り入れることばむつかしい。法規によらねばならないが、これも法すれすれの行為を判断する基準が困難となる。
 努力する人を押さえ込む法律ばかりでは社会は伸びないし法律でがんじがらめなら自由主義とは言えない。規律ある社会のなかで人間が自由に活動できることは理想であるが、本当はこんなむっかしいことはない。困難だからと気の短かい人は集団主義に走ってしまうが、その道はやがて自身の首をもしめあげる。
 山の世界でも同じで戦後からつい最近まで集団主義そのものだった。皆が能力で評価されるのではなく、組織の存続を第一に考えるから個人の行動を規制し、低いレベルで団結が図られる。規則を沢山作り罰則も厳しくしないと統制がとれず組織が警察化して行く。そして行きつくところは、意欲ある人物が放れ下級者ばかりが残り集団をより強固にし、その集団の長い寿命を誇りとする。
 登山の世界でもずい分前から改革が言われているが、ほとんどの山岳会は、何のことやら馬耳東風をきめこんで沈黙し、無関係の他人事のように思っている。
 当会では、柵で囲い込むのでなく野に放っている。能力ある人なら虎のように「千里を行き千里を帰る」はずだ。自由というものが分かっている人なら、こんな有難い方針はないのである。
 伸びようとする人の頭を押さえる規則はないし、何もしない人でも在籍していられる自由もある。
 青天井の自由のなかで何をしてよいか分からない人なら、誰かの尻について勉強すればよいことで、よい見本は沢山ある。それを気付かないだけである。
 長い在籍期間があるのに、「自分の登山がうまく行かないのは組織のせいだ」と今でも陰で言う人が居る。よほど集団主義の甘い汁を吸って来た人だと思うが、全て自分自身に問題があることに気付いていない。組織の関与は少ないぼどよい。優れたリーダーには沢山の参加者がある。意欲的な山行に参加者ほ残念ながら少ないが、それもリーダーの人間性や揺ぎない行動力はやがて評価されるはずだ。
 リーダーの泣き言ほどつまらないものはない。
 心身とも磨かれていないリーダーは必ずどこかで大失態を演じて組織に迷惑をかけるものである。
 たとえ長年の熟練者であっても、日々修養を続けるのはそのためで、評価は必ずそんな人の頭上に注がれる。(2008.10.1)
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リーダーを激励する
 当会のリーダーには高い権限が付与されている。
 日頃の山行で参加者に迷惑をかけたり、リーダーの判断に従わなかったりすることが常態化するような人には、例会担当リーダーは参加を拒絶することも可能である。たとえ会費を通常通り納めていても会員の権利はリーダーの権限を上回ることはない。
 これを勘違いして会費を納めていれば全ての権利があたえられるものとして文句をつける人が居るが身の程をわきまえるべきだ。リーダーは山案内人でもガイドでもない。山行を成功させるためには参加者全員の役割があり、リーダーはそれらをまとめあげて目的を達成する責任があるので個々の身勝手な行動は厳に慎まねばならない。
 リーダーの作成したプランより交通費が安い方法があったのに参加者に損をさせたなどと言ったり、30分歩いて5分休むのが常識などとリーダーに喰ってかかる人も居るからあきれ果てる。
 その昔、早く帰って家族と食事がしたいので他の人より早く帰らせてほしいと注文した人も居るから、これはもう登山をする以前の問題である。
 登山という行為もずい分なめられたもので最近の新人募集ではどんな奇怪な人が入会してくるのか不安でもあり楽しみでもある。
 リーダーはどんな奇怪な人でもこれを円満に捌く力量が求められている。あるリーダーは困ったことは全て組織の方で始末してほしい。参加者から嫌な態度や言葉を使われたのでリーダーを辞めます、などと自分の世界にとじこもる人も居るが未熟と言うより他ない。様々な案件を捌くためにリーダーには高い権限があたえられていることに改めて留意してほしい。
リーダーには様々な性格の人が居て参加者に好まれる人や嫌われる人がある。参加者に好まれ、いっも多数の参加者を得ているリーダーも内実は苦労の種をかかえている場合もある。もし特定のリーダーが自分の登山より他の人のために登山をしている場合なら、自分の登山の停滞という問題がある。これを私は「登山の消費」と呼んでいるが、逆に自分のためにのみ登山を考えているリーダーには参加者が集まらない結果となる。
 参加者の多寡は直接リーダーの山に対する力量に関係しないが、人間性には重大な問題が認められる。
 あるリーダーは参加者が少ないか無い状態は組織に問題があるからだ、と言うのだが当会のような自由主義の会では意味不明の発言に聴こえる。
 昔の山岳会なら組織が前面に出て人間を企画に対して割り振って平均化させることも可能ながら、現今では困難な話である。
 リーダーは、自分の意志で自由に企画し実行する権利をもつから、その企画・計画を実行するための手段を講じなければならない。何もせずに高い場所からながめているような態度で居るなら改善される可能性はない。
 参加者が無いのは全て企画者たるリーダーの問題である。自分の企画した例会に自信があるのなら何も参加者に迎合などする必要はない。その路線を徹頭徹尾つらぬくのがよいだろう。それがつらいのなら宗旨変えして参加者の機嫌に合わせるのも本人次第である。
 結果には必ず原因があるから、それを分析すれば何がいけないのか、それだけはゆずれないとかが判明する。
 リーダーの行動をみていると彼は何を求めているのか、何を理想としているのか、又は、何を悩んでいるのかが分かる。山行企画で行き詰まる人はガイド本が−巡した後の方向性が定まらないとかがあり、これはもう一段の勉強をしてもらうしかない。
 リーダーが真に素晴らしい理想をもち進んでいると自覚するのなら、たとえ参加者などなくとも自信をもってその道を進んで行くべきである。特定のリーダーに対して、「行ってあげない」などと言う人も居るには居るが気にすることはない。
 真にその道が優れているのなら、時間と共に必ずや理解される日が必ず来るはずである。
 会は、そんなリーダーが笑顔で多くの参加者に恵まれる日を願っている。
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べテラン登山家の忘れ物
 昔から登山界で新人が−人前になるまで半ば強制的に教育する習慣があって、これが登山の安全が確保される重要な役割をもっていたといえる。だが、それが行さすぎて「シゴキ」事件となって社会から批判を受けるに及んで現在ではほとんど新人の教育などに手を染める人など居なくなった。
 技術を習うなら料金を支払ってプロの講習を受けられるのも可能なのだから、親切心から出たこととは言え、結局のところ貴重な時間と長年にわたり苦労して蓄積した能力を無償で放出する馬鹿は居ない。というわけである。しかも教えを受ける側は感謝もせず当然のことのように、あるいは迷惑のように思って、礼の一言もなしに去って行く。
 最近あった角界の世界も人事でなく思えてくるのは私のみではないだろう。彼等はプロだから親からあずかった子弟を一人前にすべくあせりがあったのかも知れないが、シゴキの世界は歯止めが利かない欠点があって、どうしても一線を越えてしまう。それでも昔はその壁を越えて行ったのだが。
 冷たいようだが一人前にならなくも、そこそこの安全登山が行なえる水準まで勉強したいのなら、本人がその気にならなくては誰も手をかしてくれないことを知ってほしい。教える側も教えられる側も意志の一致がないと両者とも不満が残ってしまう。
 新人に素晴らしい最新式の道具を貸しあたえ、自分は古い道具を身につけ、様々な教材を提供したのに何の相談もなく消え去った新人達のあったことを経験した人は多いと思うが、こんなみじめなことはない。もうこんな経験はごめんとばかり萎縮している経験者も多いことだろう。
 さて、そんな新人達はどんな道を辿って行ったのだろうか。私の経験を追ってみると、彼等は現今のフリーターのように転々と居場所を変え組織を利用し続けて、ついには海外へも出かけるようになった。あるいは百名山を追ってこれを制覇して「もうこの国の山は終わった」と言い放つのだ。
 私達が真夏の薮山で気の遠くなるような暑さの「薮こぎ」に明けくれている最中に彼等は海外のリゾート地で遊んで居たのである。
 彼等は「あの連中は馬鹿だ。世の中楽しむのが一番だ。苦労の見返りなど絶対にないからと情報を漁り、少しでも有利な方向へ行くのが得だ」などとうそぶくのだった。
 そうして彼等は、馬鹿の一つおぼえの修行のような登山から足を洗って、楽しいことづくめの遊ぶ登山を最上のものと考えたのである。
 苦労など登山に関係ない。トレーニングも勉強もしなくても山へ登れる、と宣言するに至るのだった。
 そうして彼等は六千米級の山へ登るようになった。それが真に自分の能力だけで登れなくてもツアー参加や、別の経験者にガイドのように付いてもらった登山であっても世間は彼を「海外登山の実践者」であるとの理由でベテラン登山家であると認識するようになって行く。
 そうして沢山のベテラン登山家が巷にあふれて行った。
 だが困ったことに彼等のようなベテラン登山家の事故や転落死亡者がここにきて急増しているのである。これは何としたことだろうか。
 ベテラン登山家であるはずの人がなぜ簡単で卒業したはずの国内の薮山で転落死をするのだろうか、こんな不思議な話はない。
 私は彼らが基本となる技術と精神を学ばなかったからとみているが、こんなことを言うと彼等に対する恨みや復讐と勘違いされると困るので、うかつな発言は控えるべきだが、はっきり言ってしまえば「手抜き」の代償の支払いなのだ。
 土台となる部分は目に見えないものだからカットしてしまうと地震のとき崩壊する道理である。
 ヒマラヤの高峰へ登った後に登山をやめてしまえば名誉あるベテラン登山家で終れるが、困ったことは登山家はその後もなぜか登り続けるものだ。軽くみた低山で想定外の技術を要求されて困惑したあげく、対応しきれず墓穴掘ってしまうのではなかろうか。
 彼等がベテラン登山家になるための最も効率のよい近道を行くために捨て去った泥臭い諸技術のなかに、実は「必修科目」がひそんでいたのである。
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登山における社会派とは何か
 登山者は山のことだけを考えていればよい、という意見は銀行マンに札束の勘定だけしていればよいというのと同じである。
 父親は仕事のみ、母親は子供の世話だけでよいというわけにはいかない。人は−本足でこの世の土台に立っているのではなく、様々な、多分無数の細い支柱によって支えられてようやく立っていられるのではなかろうか。
 登山者が山へ行くためには実に様々な問題をクリアーしなければならない。あまりに困難なために押しつぶされる人、「山など卒業した」などと敗けおしみの言葉を投げつけて山をあきらめる人、諸々のハードルをクリアーしてカを使い果した人、登山者は各方面の問題と取り組んでいるのである。
 小生はと言えば組織を作った責任上、その行方を見とどける仕事が自分の登山行為以上に重い圧力としてのしかかっている。
 組織はどの分野でも同じ苦労がともなう。政治・経済を問わず関心をもち観察し、その結果を組織に反映させてきたので当会の組織理念は数ある同類の水準を超えていると自負している。この方式を自分では「社会派」と認識しているのだが、過去、現代を通じてはたして登山界に「社会派」なるものが存在したのだろうか、極めて微妙である。
 小生の意見では、登山者が山だけに集中し、登攀ルートの発見など現場で活動できるようになったのは最近のことで、この原因には登山の分化、細分化が時の流れとして定着したからとみている。
 登山者がインドア(デスクワーク及びマネジメント)を他に依頼できる時代となったことが大きい。特定の目的をもつチームの一員として登攀だけを受け持つスタイルの登山はやはり現代のスタイルだろう。一見して、このタイプの登山者は「登山」における社会性といった部分を忘れている。
 しかしながら、その登山を完成させるために実に多くのスタッフが居たはずである。そのスタッフの存在が社会との接点なのであり、登山が社会と無関係に存在しているとする意見は、幻想にすぎないことが分かる。
 一昔前、社会主義的登山というものが出現した。旧ソ連邦などでは登山を完全にスポーツと規定し、体育の一部門との認識で−定の成果をあげたことから、この方式こそが効率のよいアルピニスト育成講座として評価する見解が支配的な時代があった。
 成程、登山の体育的側面では成果があげられるが、それだけで済まない面が登山にはあり、むしろ打ち捨てられた部分が重要な場合さえある。
 社会主義的登山は我国でも行なわれた。例えばリーダーなしで集団指導体制などが一部で行なわれたが長続きしなかった。
 この場合、社会主義という名のイデオロギーを機械的に登山行為に持ち込んで社会主義の優位性をプロパガンダする必要にせまられたものなので奇形の「社会派」と言える。
 特定のイデオロギーに属さない社会にポジションを置きながら「山と登山」を考えて行くことこそ「社会派」と言ってよい。その登山者が、どのベースにスタンスを置いているか、の問題こそ「社会派」の判断材料となる。
 では具体的にどんな違いが出るのか、過去オリンピックで示された政治とスポーツの分離などは当然のこと不可で、社会を無視したスポーツ聖域論は通らない。
 ある国が別の国を侵略したり、隣国を圧迫したり、国内の少数民族を差別するのを批判するのもあり得る。これを都合のよい分離論で逃げるのも不可である。動乱の国の登山から帰国した登山者が彼の国の体制に同調し能天気ぶりに語るのは「反社会派」と位置づけられよう。
 考えれば、日本の登山者や旅行者達は「脱社会派」に属し、為政者にとって都合のよい存在となって来たし、そのことで目的(快楽)を達成してきたのではあるまいか。この問題では、おそらく一片の良心もない行動を無意識に行なっている可能性がある。「社会派」は結局のところ筋を通して損をする覚悟を要するのであり、結果的に特定の山域から〆出されることもあり得る。それでもなお、自主独立の旗印を鮮明にかかげておくことこそ、本物の「社会派」には求められる。
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山岳会の目的
 登山とハイキングの異なることは以前にも度々言ってきた。ところが、これがどうしても理解できない人が多いとみえて、あらゆる場面で混同する発言や行動に現す人がかなり居て閉口している。
 ハイキングは人間が管理した、またはできる自然を利用する安全な行為で道標が整備されていたり休息のための施設があったりする。また道を誤っても安全に里に出られる程度の比較的厳しさをともなわない良然(山岳をふくむ)を相手としている。従って初心者や高齢者には適しており、山岳会でも行動の半数近くがこれで占められている場合が多い。中にはハイキングばかりしかやっていないのに山岳会を名乗っていたりする。
 登山はそれより上級の世界と言ったら分かり易いが、それではまた理解でさない人もあるかと思ぅので上級者には少々がまんしてもらうとして再び念を押す時間をいただきたい。
 登山の本来の姿は、人の住まない、または人と最も遠い自然を相手にする行為と言ってもよい。
 それは当然のこと山岳地帯である。山岳こそは海洋と共に人類に残された最後の秘密であった。
 それが西洋では探険や征服の対象となったり、東洋では宗教や自己鍛錬の場ともなった。
 未知の秘密が少しずつ開かれたのは人類の歴史上、ごく最近のことで高山では十九世紀初めであった。  人類が経験しなかった世界へ到達しようとする、原動力はたえざる開拓精神であった。これにより人類は今日のような繁栄を築いてきたが、山岳となると得るものが少ない。
 高度(たかさ)と岩石と雪と氷の世界から得るものはいずれもめずらしいものに違いないが生活に直結するたぐいのものではない。むろん長期的にみて高所と寒冷の経験は科学や医療や食料、衣料、など多くの分野で新しい知識と技術をもたらしたし、小生のようなマナスルエイジはマナスル登頂と堀江氏のヨットによって勇気づけられたことは疑う余地がない。多くの同世代も同様だと思う。
 しかし未知の高山をめざす精神は開拓行為にふくまれるが、それのみでは語れないものがある。「見返りのない開拓」とでも言うべきか。そこに遊びの心が内在していることを知る。むしろ遊び心が人類の開拓精神を呼びおこしたとさえ思えるのだ。遊びは長い間世間の片隅で肩身のせまい扱いを受けてきた。それは、おそらく人類の生きた長い世代にわたった困窮の歴史に由来する。自然災害と他の動物との食料争奪と身の安全を確保するために支払った代償がいかに大きかったか、その証明が「遊び」への忌む嫌う性癖となって残ったのであろう。
 「遊び」の有効性を初めて世に問うたのはオランダ人学者の、J・ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」(人類文化と遊戯)であった。この中で「遊び」の定義として示されている部分は引用するには長すぎるので別の簡単な方を(高橋英夫訳・中央公論)版で引用する「遊びとは、一定の時空の限界内で完了し、自由に同意された、しかし、完全に命令的な規則に従い、それ自体のうちに目的を持ち、緊張と喜びの感情、日常生活とは違うという意識を伴う自発的な行動あるいは活動である。」とした。これに対し、「R・カイヨワ」は幾つかの疑問点を指摘しながらも、更に遊びの論理を強化したが、その概要は紙数が足りないので割愛する。先の遊びの定義を登山に結びつけるには相当の読解カがいるのだが、小生は遊びと開拓精神は同一視してもよいと考えている。人類はその開拓と定住による安定をくりかえしてきたのである。その意味では探険も開拓であり遊び心が深く内在している。
 19世紀から20世紀にかけてユーラシアとインド亜大陸でくりひろげられた探険と登山はまさにそれであり、登山とは形式でなく精神であった事が分かる。
 従って登山とは高山へ登ることのみでなく、未知の自然世界全般に対応する開拓精神のことである。
 俗な表現で言うなら北アルプスにハイキングがあり、千米に満たない低山の薮山に本格的登山やアルピユズムさえ見出すことができる。もういいかげんに高山だから登山で京都北山のような低山だからハイキングであるかのようなあやまった錯覚は払拭してほしいものである。そしてたとえ軽い山であっても、開拓者の視点で山をみてほしいのである。それが山岳会のあるべき姿である。知性・感性をみがき体力の裏付けがなされたとき、最高の登山がある。健康目的の登山は全く別のものだ。
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登由における自由モデルの優位性
 経済学は、社会を支配できるか、の問いに答えが出せないうちに実験としての社会主義系社会が世界の約半数を占める時代が数十年続いた。
 しかしながらその繁栄は自然の節理に合わなかったとみえてやがで衰退して行く姿を20世紀に生きた我々は鮮烈に目にすることになった。
 経済学はこの時代、社会学を超えることができなかったのだが、こめ教訓は時代を超えて今後も生かされることなく原理的論争が続けられることを人類の歴史が証明している。
 戦後の我国は間違いなく社会主義的傾向が強かった。戦中の全体主義の指導者が変わったところで民衆の傾向が変化するはずもなく、別の指導層が変わって登場したにすぎず、あいかわらず物事を集団によって決しようとし、又その集団を唆かす巧妙な一派が現われて世論を操作することが平然と行なわれ現在もその勢いは強まっている。
 山岳界も同じことだった。労働者が主体の山岳会は当然のこと労働組合とよく似た集団を組織し個人は全体のために奉仕するものと限定し、組織に協力しないものを排除した。
 全員が組織の仕事を受持ち、年間山行のノルマを課したりした。また他会と関係をもつ者は反逆者として吊るし上げられた。
 それがシゴキ事件などで社会の批判を受け衰退の道を辿ったことは記憶に新しい。
 登山界における社会主義的傾向は圧倒的だった。ヒマラヤが集団のカによってしか攻略できない時代はそれでよかったが、やがて8000m峰がすべて陥落し、無酸素、冬期、単独へと続くグレードアップする時代に対し、先の集団主義あるいは全体主義は効率が悪いばかりか、その集団に所属する個人の能力が極めて低いことが知らされてきた。
 ヒマラヤ遠征の経験をもつ者が期待されるほどの能力を発揮しなかった例が多く報告されている。彼らは集団の中ではよく働くが、個人、単独といった更に自らの能力向上させることをせずに縁側で孫や猫の守りをする態で終わってしまうのだ。
 単独で世界の巨峰を相手にする時代になって、なおマナスル時代のスタイルを踏襲する山岳会は機能しなくなったが他に安直に乗り換える手段もなく右往左往しているのが現況である。
 当会は設立当初から、「自由主義」をとっている。つまり個人主義である。近代的組織の山岳会はこれしか方法がないと観念したからに他ならない。
 集団の「揺り籠から墓場」までの全ての面倒をみるかわりに指導者の言うことを聞け、という有名な言葉ではなく、個人を能力に応じて一人前の人間として扱うことだ。組織に柵はなく遠くへ出かけるのも近くに居ようとも自由である。
 「指示待ち人間」にはつらいかも知れないが、これが大きい人間(登山家)を作るのだ。
 会報に「個人山行」の欄があって個人で活動したものを詳細にのせているのはその結果であって単なる思いつきや義理人情で記載されているのではない。基本的認識を欠いて他会も同じだと思ってもらっては困るのだ。
 当会は積極的に個人の活動を支持しているのは「登山人」としての個人を評価するからであり、山行形態に左右されるものではない。どんな山行をしたか、ではなく、どんな「登山人」(あえて者・家でなく人とする)を多く在籍させているか、によって、その組織の値打ちが決まる。
 大雑把に言ってしまえば「会則」といった約束事の多い組織ほど弱体であり多くの問題があるのであり、本当は何もなくとも自然のうちに全てがスムーズに行くのが理想であるが簡単ではない。
 強力な登山人は一定の割合で必ず単独行をしている。これが集団登山では得られない判断力、忍耐力、そしてそれらを統合する結団カを養うことになる。集団登山ばかりで安全登山を口実に単独行を回避する登山者には、どこかひ弱な線の細いものを感じる。又、決断力に欠ける所がある。
 あの人ならどの山へ行っても必ず生きて帰ってくるに違いない。という絶対的な信頼をもてる登山人が少数ながらどの組織にも居る。そうした登山人は単独行の達人であり、困難な山に対して「登れるか、下山すべきか」の判断が適確にできる人である。「必ず登頂する」と発言する人には必ず決定的な失敗が付き物なのである。
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進路という賭け
 義務教育の終るころ、学校では進路相談とかいうものが盛んになる。進学か就職かでクラスが二分され、今まで共に遊んでいた友人も冷たい関係へと変化する。このときのさびしさを今も鮮明に記憶しているが、人間も早くから一人前の社会人になる人とそうでない人などさけられない進路の分岐点として最初の試練を味わうことになる。
 社会人になってからも次々と分岐が現われる。その度ごとに別れと出合いがやってくる。
 心をゆるした友人が去り新しい友人と出合う。その連続した状況のなかで人は自ら最良の選択をしようとするが、必ずしも最善とはいかない場合がある。望まない選択を突きつけられることもある。
 将来何になりたいのか、少年時代から決められる人は幸せで迷うことなく進路を決定できる。しかし大半が目標もなく、とりあえずどこかへ就職して糧を得るために働くことになる。脇目もふらずに目標へ進む人との間に決定的な差が生じることになるが、そんな人間がどこかの呑屋にたまり何か面白いことがないかと話合って、何かの拍子に山の世界に入った。
 目標を定め予定通りの人生があれば、小生のように偶然の連続によって今日のように中途半端な人間になってしまったのも居る。どちらが良いのか、何が成功か失敗か分らないが一所懸命に生きてきたことだけは確かである。
 優等生で早くから進路の定まった友人が挫折した噂を聞くとつらいが雑草のような人生を送った者からみれば甘い人間だと冷たく理解するしかない。
 山の世界は立身出世する人に無縁である。社会や会社や職業で注目され忙しく働く人に登山など全く関係がないし、その選択はない。
 はっきり言ってしまえば燃えるエネルギーはあるが、その世界で先が見えたと感じたとき、登山という光明が現われ、それに投じたのであろう。  人は進路の先に大きな可能牲をみたとき熱中するが、その可能性が無いと判断したとき、別の道を模索するものである。進路とは、そういうものなのである。そして選択した進路に至る分岐点では賭けが生じ、結果は容赦なく訪れる。
 自分が最も力の出せる仕事はないか、と人は漂流しながら思う。何かが目につき、それにすがった結果のことは仕方がない。不幸にして失敗だったら再び漂流すればよいし、正解であればそのままの進路を行けばよいだけのことだ。
 登山の組織(山岳会)も同様で自分の好みの団体を選ぷ苦労がつきまとう。まず一発で見つけることは不可能である。よい資質をもちながらつまらない団体でうごめいている人、逆につまらない人から愛想つかしを喰らわされている立派な山岳会があったりする。
 玉石混交は世の常である。人は玉と石とを間違えることは日常のことだ。これを見分けるには骨董の目利きと同様、年期と見識を必要とする。
 わがままが通じる団体に居る人は幸せではあるが、その段階が終りで他で適用しない危険がともなう。どの世界でも勉強しなくなったら終りで進歩は停止する。
 当会では会員番号を永久背番号制にしているため現在900番を超えているが実際は190人代で、40年の間に700人が消えていた。これを残念に思う人も居る。
 900人を実在させるために会の体制を変えるべき、との意見は一見正論のように思われるが暴論である。不可能であるし、全くしてはいけないことなのである。
 当会ほど自由を認めている会はないと信じる。犯罪や、人に迷惑をかけない限り何をしてもよいのであるから、その会が駄目だから去って行った人は逆説すれば、自分が何もできない、また何もしようとしなかった、ことの証明を示したことになる。
 リーダーまでやったある人物は会を去る際に発した捨てゼリフに「誰も協力してくれなかった。こんな会は将来性がない」と放言したが、自分の無能ぶりを表明したことに気付いていないこの人物こそ、会にとって無用の存在だったのだ。グループを作って大将になって活躍してもらってもよいし、更地に建物を建てるのは個人であり組織の役割ではない。組織にお膳立てしてもらってその旗振役が望みなら、そんな無能者はいらないのである。組織は時々駄々っ子や甘えん坊に出て行ってもらって風通しをよくしておかないと、次の有望な人物を迎えられなくなる。
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山岳会はどうするのか
  一説では、登山界は活況を呈しているという。成程近ごろの中高年者の登山ブームは大変なもので電車やバスの公共の乗物は必ず幾人かの中高年者の登山姿をみる。これをみたマスコミその他の傍観者は、登山者の数が多く盛んだと感じてしまうようなのである。
 しかし本当にそうなのだろうか、登山者のなかにも実態を正確に知る人はごく少数で「数が多ければそれでよいではないか」と超楽観主義者が圧倒的に多い。組織の上層部のごく少数の人々がこの間額で頭を悩ませているのだが、何も手を打てないでいたずらに時をすごしているのが実態だ。
 では、なぜ問題なのか、中高年登山者の実像を次にあげてみる。
 A 健康問題が第一で山は副産物である
 B 畷があり、金のかからない遊びとして
 C キセル登山者
 D 定年後の登山者
 E 山歴に切れ目のない登山者
 F テーマを迫っている登山者
 G 向上心のある登山者
 などとなるが、いずれも中高年登山者の真の姿を映し出していることに間違いない。そこに現われた登山者像は実に多彩である。どれが良くて、どれが悪いか、という問題ではなく、それを実態として理解すれば有益なデータとして受け入れることができる。
 登山を遊びや暇つぶしとして行っている人でも、それを非難することはできない。なぜなら彼等こそ登山界の底辺を形成していたからだ。健康問題で登山を続ける人も同様、それは切実なものがあるのであろう。
 我国最大のクラブに日本山岳会があり、会員数6,000人を誇るが、平均年令が61歳(2004年現在は63歳)と聞くと落胆してしまう。これがこの国の登山界の実像なのであり、他の組織も同様だと考えると先が暗い。
 実は我国の登山界を一見活況に見せているのはほとんど中高年であり、その大部分があと10年から20年で消滅する。そのときの登山界はおそらく1/3以下に縮小しているはずである。しかも若者が居ない苦しさがある。
 おそらく、その時代の登山界は一風変わった人達で占められているだろう。
 若者の登山離れは一応「3K」だという。所謂キツイ・キタナイ・キケンの三種の神器であるが、それは登山の最初から永久に付随するから違うはずだ。小生は関連いなく巨大目標の喪失だと考える。それは自分達の時代における登山の動機を考えれば自ずと結論は出てくるし、間遠いなくマナスルの影響であった。そしてようやくその力が失われる時代となったのである。そのことは登山界がマナスル以来のバブル期から、ようやく正常にもどるのだし、自然にまかせるべきだと達観できる人は大人である。できることなら、マナスルの影響から脱する新たな価値観を生み出して若い人の参入を期待できないものだろうか。
 それを考えてみるのも長年登山というものにかかわった者の秘めやかな望みである。
 先の中高年者の分析のなかでAとBを除外するとCから後については多少の望みである。
 Cは仕事や結婚で中断期閤が長かった層である。経験もあるが装備や技術は古いものの複帰できそうだ。Dは経験がない。特に下積みの基礎技術をもたないので難しい山は無理でフォロー役が向いている。しかし、登山界の古い体質に染まっていないので新しい価値を生み出せるかもしれない。
 Eから後は何も問題はないが自らの殻にとじこもっていないだろうか、登山という形式を作って他の分野とのボーダー・ラインを引いてしまっていないだろうか、そして登山たるものを小さくしてしまっていないだろうか。
 その昔、登山は「冒険」だった。それが、いつの間にか危険性を排除した行儀のよいものに変えてしまっている。本来はアドベンチャー、クライミングエクスペディション、サイエンスが混然と一体になったものが本物の登山であり、現在のものは、単なるレクリェーションに成り下がっているのではないか。
 中高年登山者が可能なかぎり本物指向で真剣な姿を示し続けるのであるならば、それはけっして無駄にはならないのである。それは、ひょっとして若者達によい印象をあたえるかも知れない。
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フォーカスの危うさ
 ノーベル賞の対象ともなった新しい経済学は従来の数理の追求の他に心理学からの視点を加えたものになりつつある。これを行動経済学という。
 機械的な数字の計算による結果や、経験的なサイクル論による予測や予断というものの信頼性に疑問が生じ、結果的に的はずれの計画が進行してしまうことによる損失ははかり知れない。
 経済は人間の作った予測通りに動かないことによってファイナンシャル・プランナーの信頼度は著しく低下した。例えばバブル期には「日本経済は米国を丸ごと買える」と言ってみたり、つい前年くらいまでは株価三千円に下がるなどと放言する始末である。しかし近ごろの株価上昇で再び方言のボルテージは上がり、年内二万円があるかと言えば、中東・中国状況で逆に暴落すると弱気の予測を立てる人も居る。彼等はいったい何を根拠に予測を立てているのだろうか、その業界のプロにしてこの実態との乖離の大きさは何を意味するのか、極めて興味深いことである。
 しかも彼等の予測がはとんど外れているにもかかわらずプロとして存続し得ている事実の奇怪さは経済のみに終らずあらゆる分野にわたっている。
 プランナー達の予測の原理は大概、以前から生じていた特定の傾向の延長線上の到達位置を示したものであり、個々のプランナーが取上げた「特定の傾向」の種類によって予測の結果は大きく違ってくる。プランナー自身の心理分析こそ重用テーマかもしれない。
 強気の人は高く、弱気の人は低く見積もる傾向は、プランナー自身の心理の反映とみられるものの対象の社会心理にまで及んでいない点が問題であった。
 従来の方法論ではアナログ社会で有効であっても今日のようなデジタル社会の劇的変化に全く対応できない弱さをもっており、予測はことごとく外れる結果となっている。
 実はある種のトレンドは、生理的人間として予想を超えたパワーや行動をふくんでいない。また人間のもつ心理学上の傾向や性癖をも読みこまれていない。
 実のところ、今までの方法論は経験による信頼度が高いと思われていながら、結果として「あてずっぱう」と同程度の確実性しかなかったのだ。
 毎年発表される経済予測は当らないものの代表格であるが、それでも必要とされ発表され続けられる理由は期待感の示唆である。こうあってもらいたいとする社会心理の誘導を願ったものに他ならない。
我国の社会心理の特徴は「短期志向」であるといわれる。画一化と短期志向が共鳴するとき社会現象として何がおきるか、これが最大のテーマである。ある方向のトレンドへいっせいに人が動き、
取り残されまいとして他も同じ方向へ動く。その方向が駄目だと分かると全員が再び逆に走る。
 経済の分野でこれが度々おきることはオイルショックやバブル期で充分認識されたはずなのに改まる気配はない。
 例えば投資と投機の混同である。
 投資は長期運用が前提なのに、実際には短期に回収しようとして損失をまねきあきらめてしまう。
 この場合の投資家の心理はたぶん我国の風土の特徴からくる歴史的なものなのだろう。
 銀行は本来投資をする所なのに、最近ではもっばら投機に走って自ら当然受けるペき大きな利益を捨て、小利を追って、ここでも短期志向である。日本の四季のうつろいは人を短期志向へ走らせるのだろうか。長いスパンで物を考えられず、瞬間的な変動に左右される傾向は全ての分野で支配的だ。
 サッカーの統合前に審判がコインを投げる。
 あれは一回切りだが、これを何何もやっていると表が連続して出る場合がある。賭ける側としては、もうそろそろ裏が出るころとみて裏を指名する人が多いが実際の確率は50%で変わらない。
 同じことを続けることによる心理的圧迫に耐えられなくなって、変化を求めるが結果は同じである。効果の期待できない努力が信じられている。
 宝くじでよく当たる売場へわざわざ電車に乗って買いに行く人が何人も居る。またメンバーを指定したら当たる確率が高いと信じている人も居る。人は機械的な偶然よりも、人智を加えれば確率が高まると信じてうたがわない。しかし、そうした人が大金を手にした話は聴いたことがない。
 その点、競馬、パチンコのたぐいは幾らか人智、技能の介在が可能であるかも知れない。両者はかなり研究が進み文化の領域にまで高まる部分もあるなかで、それでも必ず損をする仕掛けである。
 競馬での本命はかなり高い確率で勝つが配当は低いので利益の確率は低い。兢馬のシステムは、客の心理を読んだ実に巧妙なシステムである。  この世界は一部グループの犯罪に近い技術を別にすると利益の確率は極めて低いのに、「それは偶然ではない」と信じることで成立する奇妙なシステムではあるる。
 先に述べた日本人の「画一化」と「短期志向」は、どうやら「軽薄短小」という傾向を生み育て社会で猛威をふるっている。このシステムを乗り越える一手段として先に述べた「行動経済学」の手法が有効であるかも知れないのである。
 同じように政治やメディアにも心理学を導入することは極めて合理的かも知れない。なぜなら日常テレビで流されるコメンテーターや、オピニオンリーダー達の論評が極めて画一化と短期志向で、しかもアナログであるからだ。先を読まない、又は読めない人がプロで大きな顔で出演していてあきれてしまう。彼等は勉強不足であるよりは現場の社会心理を知らないのだろう。だから、ある−定の方向性の延長でしか物事を判断しないのだ。これは彼等とそれを聴かされる者にとっても不幸なことである。
 ニュース・キャスターの有名人も心理学の俎上に乗せると面白い。単純な人が多いが一定の傾向として夜のネオンの如く華々しいが中身がうすい。
 記者ともなると、これはもうアナログの世界で当人の好きか嫌いかで物事を判断して恥じることもなく報道する。聴く者に自分の考え(受売りが多いが)を押しつける。
 「昔の政治家で英字新聞しか読まない」と言った人が居るが一理ある意見である。
 政治に心理学を導入するとどんなことになるのだろうか、どの政治家が何を発言したか、ではなく、その心理を分析すると意外な部分が浮きあがってくる。政治家の「言葉尻」をとらえて攻撃するなど下品で効果のない方法ではなく、もっと本質の論争を演出できるはずである。
 この国で猛威をふるっている軽薄短小と画一化及び短期志向は改めることは不可能なのだろうか、これが日本人の風土に根ざした普遍的な性癖だとしたら実にさびしいことだ。この傾向を脱するには、やはり原理、原則を守ること以外にないのだろう。人が何と言っても、魅力的な対象が現われても動じない、又、動じてもよいが魂までうばわれない強靭な神経をやしなう以外にないのだろう。
 さて予測をするについては実に様々な資料、材料を必要とする。どれだけ正確な情報が入手できるかにかかっている。しかし、それだけでは不充分である。せっかく良い情報を得たのに、その価値を判断できない場合がある。特定のイデオロギー信者はともかく、多くの人は情報を柔軟な態度で受け入れることは極めてむずかしいのだ。
 それでも導き出された結論に一定の賭けの要素が残るのである。この場合の「賭け」を冒険と同義と考える人もあるが、通常、この不確実性の部分を小さくする工夫をする。しかしこの「賭け」る部分こそが人間にとって最大の魅力なのである。何事によらず「何がおきるか不明」という部分に人々は吸込まれるように突入する。
 それは事の善悪では表現できない根源的な要員なのかもしれないのだ。
 山の世界でも「賭ける」という要素を否定できないのである。個々の現場での判断については別項にするが、小生が考えている「登山人口」の予測についても確かに賭けの要素がないとは言えない。
 小生は先に15〜20年後の登山人口は現在の1/3になると予断した。この根拠は次の通りである。
 A.現在の登山者の平均年令。B.若者の登山離れ。C.主要な登山対象が開発されてしまう。D.未知、未開地が減少する。E.3Kの登山は将来性がなく嫌われる。
 このうち最大のものがAであることはうたがう余地がない。若いうちから切れ目なく登山者であった人や、キセル登山者であっても問適いなく、この世代はマナスルの影響を受けている。この世代の下限が団塊世代であるとすると現在の登山人口の増加は一過性の現象と言えよう。近い将来彼等巨大集団はいっせいに退場するのである。その後に何がくるかは自明のことである。
 若者は登山に関心がないことは各山岳会の名簿をみれば明らかとなる。若者は今や金のタマゴであるが従来のシステムにはなじまない古い体質をもつ指導者の思うような方向には進まないのである。間違っても過去のシゴキ型トレーニングの復活はないし、個人主義は益々加速するのである。小生の予測はまず100%近い確率で当たる、と考えてよいのではなかろうか。
 但し小生はこうした予測を提供したものの、それが当ることを望むものではむろんない。しかし、さけられない方向に進んでいることを残念に思うが、今の中高年者の行動次第で絶対に同避できないことでもない、と考えている。いくつかの条件があるが、最も安直には現在の多数派の中高年層が登山そのものを消費し自己完結に陥るのではなく、新しい時代の新機軸を打出すことができ、それを若者達が受けいれたとき、予想もしない出来事がおきる可能性を捨てきれない。その一点を密かに望んでいるのである。
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組織は何をするところなのか
 いささか旧聞に属するが日本山岳会の会報「山岳」641号に国際山岳連盟などで活躍中の神崎忠男会員が「登山界の国際性を考える」というを一文を寄稿されている。
 「時代の流れをくんで“三つのお化け”高齢化・情報化・国際化への新たな対応こそ組織の在り方」としながらも「今回は国際化・国際交流・国際性」について述べられ、国際山岳連盟(UIAA)アジア山岳連盟(UAAA)と日本の登山界との関係を豊富な経験から苦言を呈され、あるべき姿を提言されている。
 神崎氏が文中出指摘されているのは登山の国際性について発言するとき、ほとんどの岳人や組織から「関係ない」とか「登山は個人でもできる」と片づけられ理解されないことが多いこと。UAAAの加盟国中実績で先行する日本が、最も信頼され指導的役割を期待されているのに日本山岳協会ですら、その自覚を欠き内向的な人事問題にあけくれている。
 国際性を欠いた島国根性丸出しの態であると批判されている
。  そこで日本登山界のおかれている立場と責任を認識し、国際的な立場で役割を果たすことが大切だと念じ、悲鳴に近い提言になったものと思う。
 神崎氏の指摘は組織の王道であり、国際的な信義に源をもつものだけに誰も反論できないものである。
 登山は個人に属するもので、優れた個の感性が優れた登山を推進して来た歴史をもっている。その意味では組織の出すぎた関与は迷惑極まるもので、組織が豊かな個の感性をつぶしてしまうことすらある。しかし登山家も一社会人である以上個人では手に負えない人間社会(国内外を問わずに)の約束事に従わねばならないことがある。そうした場合には組織のもつ大きな能力を活用するのがベストである。所属の組織で足らねば協会や国の助けを求めることもあるだろう。  海外の登山や情報入手や、登山者全体をカバーする環境問題など神崎氏は言及しないが、個人レベルを超えた対応が求められるのである。
 個人の能力を超えた部分がある以上組織は必要であり、個人の能力の一部を割いてその組織の維持にあたることが求められる。もしその自覚を欠きあくまで個の優先を主張する場合には、その組織の消滅と同時に個の自由な活動をも失われる結果となる。
 すべては個に発するのである。組織の必要性を求めるのも個であるなら、それをつぶすのも個なのである。「組織は関係ない」とか「組織がなくても登山はできる」というのは当人の認識不足と無知からくる誤解なのである。
 それではなぜ組織は嫌われるのだろうか。先の神崎氏は組織の側から一般登山者及び国内組織に対して語られているが、反対側の立場から何か発言すべき事柄もあるような気がする。
 例えば一般山岳会のような小規模なものなら工夫次第でいくらでも改善の方策はあるが、山岳連盟や日山協などの巨大組織ではどうしても「上意下達」となり、下部組織は上からの決定事項をそのまま受け入れる単なる兵隊のように働くことが求められる。その方針に従うことことができない下部組織は下野する以外に道はない。自由意志により、自由なるが故に登山を始めた人がより強力なパワーを求めて上部組織に加盟したのに、実際には上意下達で発言権を封じられたのではいったい何のために組織に入ったのか分からない。
 個人や弱小組織では不可能な仕事を上部組織が行うと期待された筈なのにこれでは本末転倒で下部組織の不満がつのるばかりである。
 上部組織そのものが更に上部(?)の体育協会や行政(文部省)との関係で身動きがとれないから根本的な改革が実行できない月日を送っているが、この国では他の分野でも同様のことがおきている。
 一般山岳会の加盟する上部団体そのものが組織の存在をかけた改革を求められており、組織の幹部も認識を共有しているはずなのに実際には何もできないでいる。このような組織に国際性やUAAAの指導性を求めても無理な話なのである。
 ここは一般クラブではあるが、自由な立場の日本山岳会(JAC)にその役割を果たしてもらうしかない。ついでに言えば登山史、登はん史的な最先端を切り拓いて来たのはいずれも個の感性とパワーであった。残念ながら組織の優等生ではなかったのである。新しい世代の登山においても変わらないことはソロ活動をするごく少数のアウトロー達によって時代が拓かれることはほぼ間違いないのである。組織運営のためという大義があるにせよ彼等の活動を封じるような形の組織なら無い方がよほどましだと思われる。
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指導者はどこに居るのか
 生涯において、本をほとんど読まない人が居るとしたら、その人は小さな地域的な世界で濃密な人間関係を築くことができても、広い外の世界では極めて局地的な存在となるだろう。
 本を沢山読みそれがあらゆる分野に行きわたっているのであれば、それは多彩な教授陣の講義を独専的に受けているようなものだ。本棚の沢山の本に囲まれているような書斎に居る人は、おそらく各界の最高レベルの師に囲まれて暮らしているようで贅沢極まりないが、その長所を生かすかどうかは本人次第である。
 逆に本を読まない人は1人裸で荒野を歩いているようなもので、実に勇気のある人であるように思われる。
 人は孤独でも必ず何がしかの先人の影響を受けているもので、師をもたない人は居ない。本を読むことによって世界を知る人、クチコミや身近かに住む人から知恵を得る人など様々な形で生きるための工夫をしている。
 登山の世界にもよき師や先輩が居る人と独学の人がある。良き先輩に出逢うことによって登山をはじめた人も居れば、良き指導者に出逢うことができず、やむを得ず独学になる人も居る。
 前者はたぶん幸福な人である。自力で情報を得なくとも比較的楽にその道を行くことができる。困難に突当たれば、すぐに先輩の助言を受けることも可能だ。
 彼は歩いている人々を尻目に車で楽々と目的地に行くことの快感を味わうことになるだろう。  後者の場合はどうか、登山に限ってみるとして、彼はまず資料を読むことからはじめねばならない。技術書によって安全の認識を確保し、古典を乱読し、登山という世界を認識しなければならない。困難の壁に突き当たれば、その原因を調べなくてはならない。すぐれた登山家の姿を注意深く観察し、そこから得るべきものを貪欲に吸収し実践と復習の反覆をくりかえす日々を送ることになる。
 前者はすでに大成し華(はな)のある活動をしているのに、後者は今だに底辺にうごめいている。人々はたぶん、後者の行く道を失敗と認識し、その姿勢を改めるように進言するのである。しかしはたしてそのような認識は正しいのだろうか。
 例えば、いつもすぐれたリーダーの後を従って行く者と、未知の領域を先頭を切って行く者との差を考えてみれば明らかなように、両者の行動のうちに蓄積されるものは全く対照的なものとなるはずだ。
 先輩や特定の指導者によって方向付けられ、目標を一点に設定したならば数年出その道の最高の段階に至達することは難しくないことではあるが、問題はその最高の段階というものの価値と評価である。その段階に達した者が、時に休養し自から歩いてきた道程をふりかえることがあるとしたら、おそらく高速道路を脇目も降らずに走って来たことによる欠陥に気付くはずである。目標以外は何も見なかったと…。そしてその者が、リーダーの立場に立たされた時、多くの重要なものを見逃してきたと認識するはずだ。
 すぐれたリーダーやコーチによって指導される者は、その目標とする段階に至るプロセスを消化する単なる道具にすぎず、その道具は誰でもよい。
 今西錦司さんはすぐれた指導者であり、リーダーであったとされるが、不思議なことに山岳部などの後輩達は、何も教えてもらえなかったという。むしろ自分の好きなことを強引に押し進めるために人々を使用したというのだ。一部にそのような苦言も表明されたが、それは教えられる側の態度に問題があるのではないか。小生も今西さんを師と思ってきたが、後輩でも門下生でもなく当方が勝手にそう思っていたにすぎないのである。
 世間にはそのような例が沢山あるはずである。師とするのは見知らぬ人との間でも可能であり、本を読むことで沢山の師を身近に置くことさえ可能である。問題は、そこからどれだけのものを受けとるかである。別に教えられなくとも、その人物から勝手に素晴らしいものを盗みとることは罪にならないし対価が必要なわけではない。それなのに、直接指導されなかったといって、自らの進歩の酷滞を説明するのは本人の怠慢以外なにものでもない。
 真の指導者とは遠くから眺めていても教えられるものを沢山もっている人のことであり、そこからどれだけのものを受けとるかは、すべて受け取る側の問題なのである。
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リーダー権限について
 年輩者なら、昔のアメリカ映画「ケイン号の反乱」を観た人も多いと思う。第二次大戦中、南太平洋を航行中の米海軍輸送艦が大嵐に巻きこまれた際のこと、艦長とその部下との意見の対立によって、ついに艦長の指揮権を剥奪した部下がその後軍法会議にかけられる話であったと記憶している。
 大嵐がくる以前から艦長の行動に微妙な変化のあることを知った部下達が大嵐を回避せずあえて突入しようとする艦長の判断に対し「NO」を突きつけたことは他の分野にも類例のあることで、リーダーとメンバーとの関係は永遠のテーマではなかろうか。
 リーダー(以下(L)で表現する)は多くの経験と研鑽によって裏打ちされた高度の判断力を有する故に選ばれるのであるから一般から尊敬の念をもたれるはずでる。しかし実際には人望の無い尊敬されない嫌われ者の(L)が居るのは彼等が何がしかの欠点を持つからで、それを本人が気付くべきだ。
 技能が優れても人望のない(L)が居るかと思えば、その逆も沢山居るのが現実で万全な(L)というものがこの世に存在しない以上、(L)は日頃の研鑽と判断力に磨きをかけておくべきものである。
 組織は特定の技能だけを評価して(L)に選定しているわけではない。多少欠点はあるが将来必ず克服して行く力量がある。とみているわけだから、彼が努力せず慢心するなら結果として一般から手厳しい評価をあびせられる。
 それとは別に、最近一般社会で(L)に対する認識に少しずつ変化が生じて居るようだ。  これも戦後はびこった社会主義と平等化のせいかも知れないが「集団指導体制」が最良であるかのように言い、(L)の権限を弱体化させる方向に突っ走っている。
 ある会合で関東の山岳会の複数から(L)の判断はメンバーの合議による進歩的なもので関西は遅れているとの指摘を受けたが、その程度の認識なら彼等には悪いがいずれ必ず遭難で命を落とす羽目になるはずだ。現に最近吾妻連邦で起きたスキーツアー一行の(L)は、メンバーに対する気配りがすぎて自ら墓穴を掘った。
 そうした登山の特徴は、まず(L)権限の縮小によって、全員に依頼心の増幅現象がおきることだ。これがおきると(L)はまずまともな判断ができない。商業登山ではしばしばこれがおきる。
 登山とハイキングは全く違うものだが、時としてハイカーが登山者気取りで事故をおこす。前出の関東の会などは、たぶんハイキングしかやらないエセ「山岳会」ではないかと思われる。小生が付き合っている関東の会は合議制などどこもやっていない。
 彼等の言う関東と関西の差は、進歩の差ではなく、レベルの差なのだ。
 日頃の自己研鑽不足で自信のない(L)と、(L)を一般参加者の地位まで格下げして尊敬しない者とが悪平等を作り出し結果として遭難に至り、大事な命を失うことになる。
 文明社会に住む者は全世界がすべて同一同質の社会環境のもとにあると錯覚している。
 文明社会の約束ごとはどこでも有効であると考える者は異なる環境や異文化に接してあまりの差異に驚き現実逃避してしまう。自己中心で具合の悪いことはすべて相手方に問題があり、それを野蛮とか未開とか表現し、それを理解する(L)を無能と批判する。
 時間(ダイヤ)通り進む日本社会などに住む者は特にその傾向が強い。彼等がイスラム圏などで味わう不合理な現実に対面してさえもなお彼等が遅れている社会であるかのように感じている。
 日本人がヨーロッパに憧れるのは、たぶん文明の先進国と考えるからで、逆にアラブや印度亞大陸などは心情的に敬遠している。
 自然はもっと厳しいのである。ハイキングは文明による管理された自然を対象とするものだが、登山は本来、全く人間の力が及ばない部分への挑戦であった。人間が有史以来全く経験しなかった世界に対するものであったが故に登山の(L)は船長や機長に匹敵する権限が与えられているのであって、それは登山に限らず探検や学術調査など自然を相手にする全てに適応する。その様な高い見識と技能に裏打ちされた(L)の役割を全く理解せず平等とか人権とかの人間社会のみに通用する考え方を優先させる集団にはそれ相当の自然の厳しい鉄槌が下されるのは当然のことである。
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支援者はどこに居るのか
 JAC(日本山岳会)の百周年行事は、小生も会員の端くれなので若干の興味はもってながめている。会報「山」702号には「百周年記念事業の考え方」という一文を平林克彦氏が執筆していて、ある種のとまどいや方向性の迷いが垣間みられ、我国最古、最大の組織にして悩みのつきないことが知れて興味深い。
 しかし果たして小生が感じた組織の悩みそのものを組織の上層部の人たちが同じように感じているのかは定かではない。JACに限らず、他のあらゆる組織にも同じく、その悩みはあるはずなのに彼等は案外何事もないかのように振る舞っていて楽天家ぞろいの登山界の現実に喜んでよいのか悲しむべきか当惑するばかりである。先の「山」誌には記念事業の重点を次の三点にしぼりこんでいる。1登山の取組、2文化事業として、百年史、英文ジャーナル、日本山岳誌などの刊行、3祭ごとは地味に行い多くの会員の集いの場とする、などとなっている。
 このうち特に興味を引くのは1である。そこでは重点項目として、1若者が育ち夢が具現できる登山のあり方を内外に求める。2中高年登山者に(会員の86%にもなる)魅力的なサービスの提供、3各支部の登山への支援、などの方針をもとに、
◎若い人に対する積極的な支援の姿勢を打ち出し、未踏の地への自主的な計画の奨励などを織り込む、などとなっているのだが、そこには明らかにこの会の苦悩が言外にちりばめられていて痛ましいくらいである。その苦悩とはいかなるものか、を次にあげる。
 A 若者が居ない。B 中高年が多すぎる。C 誰が若者と中高年に支援するのか。他にもあるが以上三点にしぼってみても容易でないことばかりである。
 Aは根本問題である。若者が登山の魅力を感じないのは明らかに巨大目標の喪失である。それは小生達の登山への動機を振り返っても明らかだ。6,000m級の未踏峰や重箱の隅をつつくような小さな目標に、かつてマナスルで国民的登山ブームがおきた時代とは雲泥の差がある。それはバブル時代であったのだ。そのバブルが思ったより長持ちして今日に至っただけで、将来は少子化・社会不安・失業・家庭問題等で先細りの傾向は続く。マニアックな若者や、奇人・変人のたぐいしか登山をしなくなる時代がくる。
 B これは明らかにマナスル時代のバブルが招いた現象である。若い時から続けて登っている人はまれで、カムバック派と健康志向の後発組が大多数を形成しハイキングか百名山巡礼程度しかやっていない。登山そのものの本質を理解できる人は少ない。JACは、この人達に支援を約束しているが、何をどうするか極めてあいまいであるばかりでなく、この大多数の登山者群は20年で消滅する。
 C これも深刻な問題だ。いったい誰が若者や中高年を支援するのだろうか、そんな人はどこにも居ないのでは無いか、誰もが支援してほしい立場の人ばかりのように小生には思える。
 30年も前なら人望、技術を兼ね備えた中堅会員が強力な指導力を発揮したが今はほとんど望むべくもない。どこでも中高年ばかりが山の話などせず酒呑んでさわいでいるだけだ。
 そんな時代に会員の86%もの中高年者を指導する力量を特定の人に期待する方が間違っているのではないか。
 先に「登山のバブル」時代は終わると、言った。中高年は20年で姿を消すし、若者参入の動機の消滅となればいずれ登山者の数は現在の30%程度まで減少するとみている。それもハイキングやその他をふくめたかなりゆるい基準によるもので純登山となると10%程度のものかも知れない。
 登山者と組織運営者には、登山者は将来必ず減少するという現実を直視してそのための長期計画を立てておくべきである。
 いずれ、登山に対する一般認識が変われば若者が参入し、中高年はいつまでも存在していると、言った現実離れした認識をもとに登山を考えているのなら将来は無い。将来登山者は劇的に減少するのである。今のところそれをくい止める策はない。現状で可能なのは各自が自分の定めた道を確かなものにし魅力的なものにしておくならばひょっとするとその道に賛同してくれる人が幾人かは出てくるかも知れないということである。
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道は自分で作る
 書の詩人と言われる「相田みつを」の没後10年とのことで各地で展覧会が開かれている。小生も誘われるままに見に行ったが、こんな世界があったのか、と改めて書と詩の世界の奥深さに感動をおぼえた。
 書として上手ではない。たぶん書の正道から逸脱したものに違いない。しかし平易な平仮名の多用に詩の内容が生き生きと踊っている。むしろ上手な漢字の羅列では詩は生きてこないし詩のもつ気迫が伝わってこないだろう。
 パンフに「平易な言葉を力強い綴り、独自の境地を築いた故・相田みつを氏。観る者の心の底にまっすぐ届く作品」と評し、また、気取らないごく自然な温かい人間味〜氏の優しく温かいまなざしと人生の立ち向かう気迫が伝わる。云々、とあった。そのなかで我々登山人が心して拝受しておくべき名言があった。「道」と題する一節に、
 「道はじぶんでつくる
    道は自分でひらく
    人の作ったものは
    じぶんの道にはならない」というのがある。
 なるほどと思わず膝(ヒザ)を打つ名言であったし、それは登山者の終生持つべきコンセプトであった。
 人間は集団を形成する生き物であるとすると、先に一人が通った後を次々と集団が通って終(ツイ)に道になる。別の道を切り開いた集団があるとすると、次に横へ移動する集団が新しい道を作る。こうして人間は地球上や人間社会のなかに網の目のような道をつけてきたのである。  現代人は、そのような既設の道を不思議とも思わず当然、昔からあったものとして感謝の念もなく歩いているのである。そんな安全で便利な道を作った最初の人のことなどほとんど忘れているが、それでも歴史のなかで先人の業績は光っているものだ。最初の人と次の人との差は天と地ほどに違うものであることは山の世界でも同じである。初登と第二登は開拓者と後続者の差である。事を始めることが困難で豊かな発想と勇気を必要とするが、その価値を高く価値するがゆえに先に行く者が歴史に名を残す栄誉が与えられている。
 もし先に行く者の価値を認めないのなら社会は停滞を余儀なくさせられるだろう。
 一時、流行の平等意識は悪平等を生み、社会停滞と混乱を招いてしまったことは記憶に新しい。
 どの分野でも人の作ったもののコピーは評価されない。特に芸術の世界ではおそろしく厳しい。しかしながら、先に行く人をサポートする役割を担う人も、次に三人目のサポート役も必要である。彼等のグループは独行の者より更にエネルギッシュである。開拓者は一人に限定されるわけではない。
 未開地を行くグループは先頭を行くことを得意とする者を先頭に立て、次にサポート役の得意な者を立て、更に全体をコントロールするリーダーを立てて総体として進んで行く。
 それは既存の道(踏み固められた道)ばかり行く者達を置き去りにして高い位置へ上り詰めていくことができる。
 未開の地へ行く者は既知の知識の及ばない新しい未経験の様々な現象に出逢うことだろう。それを乗り越えるエネルギーもパワーも知恵も持っていなくてはならない。未知の困難に打ちひしがれ困惑していては前進はおぼつかない。そして道を切り開き目標を捕らえ獲得した者こそ最高の評価が与えられる。それが社会の習いである。
 競争社会というが、どの道にせよトップを走る者を評価しなくては進歩はない。しかし、「道はじぶんでつくる、道はじぶんでひらく」では各自が自分の道を作れと、言うのである。特定の道にマラソンのように多勢が走ってナンバーワンを決める者ではない。それぞれが、それぞれの道を作って前進するのである。これを近ごろの言葉で「オンリーワン」と言っているが、自分しか作れない、又は特定の集団のみが作った道を拓き極めることである。
 価値体系が一個から複数となり、価値ある個性の多様が進みつつあるのは喜ばしいことだ。  山の世界も高山指向から海外へ、フリークライミングから未踏峰へ、沢、藪、ピークハンドなど多種多様の価値が認められるべきだ。それぞれの自分だけの道があり、まだ知られていない道もある。自分の得意分野を早くみつけて自分の道を開拓する喜びは例えようもなく楽しい。いかに前途が困難であろうとも、困難を乗り越える努力こそが最高の快感となる。
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持ち時間
 ある尊敬する人から、人間にはそれぞれ「持ち時間」というものがあって、恵まれて早く出世した人も、運悪く下積みで一生終わる人も、結果は同じで価値に甲乙つけられるものではないと、言うのだが現実の社会では価値の差別化は存在する。
 この場合「持ち時間」というのは直線的な時間のことではなく、立体的な時間のことだろう。なぜなら事故で早世する場合を別にしても、人が生きる時間は現実にまちまちだからである。
 百歳の人と40歳そこそこの人では持ち時間が違うのは当然のことながら、ここで機械の耐用年数という考え方を使えば分かりやすいかも知れない。つまり使用の激しい人と、安全運転の人と寿命が違ってくる。100m競争とマラソンでは10秒そこそこと、2時間ちょっとという時間差はあるものの、能力として均一同等として扱うならば無理なく理解できる。
 世の中には、好んで太く短く生きることを心がけている人と、無理なく安全運転で人前に出ることをつつしむような人とがある。どちらも価値に差があることではないが、社会全体が完全にどちらか一方に遍在すると大変なことになる。しかし現実にそうならないところに人類の存続と繁栄があるのかも知れない。
 太く短い一生と、細く長い一生と、どちらを選ぶにしても人間というものは欲の深いもので、心の片隅では「太く長い一生」を望んでいるのである。太い生き方ではあるが、これがどこまでも続くように、ときに神仏に願い、自身にも暗示をかけるなどして、「持ち時間」の減少に気付かずにすごしている人が大半ではなかろうか。
 華やかに太く生きた人が「持ち時間」の無くなったとき、突然不調をうったえて病院へかけこんだが手遅れとなり、多くの人におしまれてこの世を去っていく例はあまりにも多すぎる。
 小生の身近な例でも50歳半ばで急逝するがすでに地位も名誉もあった人物を幾人か知っている。
 いずれも仕事の虫で人物評価も人望も高く、経済誌「プレジデント」の求める理想的リーダーそのものだったように思う。
 彼の母親をして、「神のような、また神様が下さった子供のような」と言わしめたほどの人物であった。そんな彼が逝ったとき、母親の落胆ぶりはすさまじく、「身代わりになりたかった」と泣き叫ぶばかりであった。
 彼等は結局のところ愛読するプレジデントを教科書としてそのコピーライターの術中に生きてしまったのだろう。ライターも職業であってみれば背のびした理想をかかげて読者の関心を呼ぶこともするが、それを自己の理想とするのも読者側の責任であるというものの、実際には先のような若きリーダーの過重な負担を強いて、あわれな結末に至っている場合も少なくないのではないかと案じているのである。
 人間が神のようになることを、神は許さないのではないか「身のほどを知れ」と神が言ったとも受けとれる事態である。
 歴史的偉人は多い。大事業を成し遂げて、しかも長命であった例も少数ながら存在する。
 人はこうした例を引いて、ひょっとしたら自分もそうありたいと大それた理想を掲げてしまうものらしい。しかし、どこかにトリックと言うまでも表面に出てこない極めて重要な部分が秘められていたのかも知れない。
 例えば空海の場合を考えてみれば、弘法大師と庶民に親しまれ全国に足跡を残しているようにみえるが、空海が全国をくまなく歩いたと言うことはない。実際には空海の実態ではなく名声が全国に空駈けて行ったのである。
 水戸黄門が事実に反して全国を旅しているように、人々は特定の好ましい人物を勝手に旅立たせるものとみえる。
 アレキサンダーが、カエサルが、ナポレオンが、彼等はいずれも短命であったが、なかにはチンギスハーンの如く長寿を得た人も少数ながらある。そうした人は先の「持ち時間」の原理から言えば、人知れずどこかで癒(いや)しの時間帯があって持ち時間を延ばしていたのではないかと考えられる。人は日の当たる表面ばかりしか知らないが、おそらくその人の知られざる一面こそ、われわれが傾聴すべき何かが秘密のベールに包まれて存在したのではなかろうか。
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老いの認識について
 当会編集長が会報の巻末に「くもの峰」を書いている。少し前のものに「老い」について記述している部分がある。
 彼はモーパッサンの言葉を引用して「人生は山の登りのようなものさ。登っている間は、ひとは頂を見ている。そして自分を幸せだと感じる。が、上に着いたが最後、たちまち、下りが見える。終わりが死である終わりが見える。」意味深長で、とても小生などに解題できそうにない。
 編集長は続けて「問題は、今ひとが山のどこにいるかという認識である。まさか60歳を過ぎて登っているとも思わないが、下っているとしても能天気に、まだまだ長い下りがあると楽観してはいないか」モーパッサンはそれを言いたかったのではないかと、見事に解釈してみせてくれた。
 人生を有意義にしようと彼らしく身近の気配りをはじめている姿が目に見えるようである。
 老化とは厄介なものだ。機械なら耐用年数が近く部品にガタが来たころだろう。むろん機械なら、製品の取り替えで新品同様まで回復する可能性はある。人間の場合なら持って生まれたもの(部品)を大切に長持ちさせる以外ない。そうして百歳まで長生きした人もこの国では沢山居られる。
 ところで老化とは人間の何が老いるのだろう。知能か肉体か、他にもあるだろうが、まず大別してこの二者とみる。むしろ両者とも老いが来るが一面において全く当たらない人も居る。例えば政治家、芸術家、役者、音楽家などは定評のあるところで一般人でも何か集中している人に知能の老いはない。むしろ老境で更に能力が加速される人さえ居る。芸術家は老境に大作を残す人が多いが、最も注目されることは、自分が老人であることの認識がうすいという事実である。やらねばならない仕事が山ほどあり200年は生きる必要があるとか言い出す始末である。人はこんな人を見て自分とは異なる星のもとに生を受けた怪物か妖怪であるように扱う。しかし科学的にみてこれは不思議でも何でもないことが裏付けされている。
 最近の研究で知能の種類は流動性と結晶性の二系統があって前者は視覚を通じて新しい環境に適応するための能力開発を可能とし、後者は、長年積み重ねてきた経験、知識などを使い総合的な判断や思索(シサク)を深める知力(能力)などがあるという。
 つまり前者は若者特有の開発形能力であり加齢とともに鈍ってくるが、後者は老年期にも増加し続ける可能性があるという。
 流動性知能の代表的なものは、書字速度、知覚速度、短期記憶、推理などがあり、結晶性知能では、計算能力、一般的知識、言語理解などがある。これをみても年令と共に低下する能力と逆に増加する能力があるわけで一般に老人全般が低い能力者であるかのような過去の概念は見直さなければいけないと思う。
 人間の体は後もどりできない老化体系のなかで実は老化速度の早い部分と遅い部分があり、脳や心臓などの器官は遅い部類に属するらしい。とすると物事を判断する能力は加齢とともに逆に高まる可能性があるわけで儒教(ジュキョウ)や東南アジア系の高齢者を尊敬しうやまう形は理にかなっている。
 職業についても若者と中高年者、それぞれ適性があるわけで住み分けできる可能性がある。今までこれを無視して同じグラウンドでプレーし優劣を決めていたのである。若者に重大な判断をまかせて中高年者に、流動性知能を要求する仕事をさせ、その結果を論じていたのだ。将来は労働問題や厚生問題の一石を投じるほど大きな課題の一つだろう。
 人生の頂(イタダキ)とはどの部分なのか、下り坂を生きるのは従来のままでよいのか、考えさせられる。
 ある人は総合能力でゆるやかに上昇を続けながら人生を楽しみ、ある日突然終わることもあり得るのだ。
 ところで登山でこの問題はどう扱うべきか。
 登山は体力勝負で加令と共に能力が低下する一方だというのが一般論である。しかし先の論理からみれば見直しが必要だ。若いうちに基礎技術(ハードテクニック)を身体に記憶させたうえで、その身体能力をなるべく落とさない訓練を続けたのち加令と共に増加する能力(ソフト)によって更に総合能力を向上させることは可能なのだ。優れた能力を保持する高齢者は皆それをやった人である。
 若いうちに手を抜いた人に多くを望めないのはどの分野でも同じである。
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成果主義の行方
 最近、成果主義の時代が来たといわれている。成果主義とは結果主義と同義で、仕事や行為の美学やプロセスよりも最終的に優れた結果を出さないと報酬に繋がらないシステムと解される。
 我国では権威主義と言って血統・家系・学歴・学閥などが仕事の出来不出来に関係なく上層部に君臨する時代が続いた。不景気が長く続き、これが構造的で根本的な改革をしないと立ち直れないと思い知らされたとき、結果を出していた米国式の成果主義によらざるを得ないと判断され経済界のあらゆる部門で取り入れられようとしている。その理由は米国の繁栄であり、アジアの救いようのない退廃ぶりだった。米国では更にこの成果主義をより確かなものにしようと「コンピーテンシー」という方式が考えられている。
 成果主義とは自然に出現してくる個人の成果に対して評価するシステムだから、それを人為的に増幅させる効果をねらってすでに成果をあげている人間の構造を研究し、それと同様の資質を持つ人間を特定の役職につけて結果を出すというシステムのことを言うらしい。このようなシステムは昔から帝王学や会社のトップの後継者を選出する場合の技術であったが、それをより科学的にシステムソフト化し幅広く普遍化しようとするもののようである。
 成果を出すために人間をコントロールし最終的にロボット化して行く方向性は経済界だけでなくスポーツ界や他の分野でも始まっており、とどまる所を知らない競争社会で息がつまりそうだ。
 オリンピックで勝つための方法論がすでに先端を切っているが、その道のプロが資質のある人間を選出し教育することによって「勝つ選手」が生まれるのであり、アマチュアが入る余地はすでにない。そこにはプロに選ばれる素人しか居ないのだ。
 昔は陸上競技でもアマチュアの自由なクラブがあったがそんな悠長な時代ではなくなったのだ。どうしても走りたいのならジョギング程度か一般参加が認められているマラソンに出るしかない。
 成果主義とはあくまで個人主義の成果である。その成果主義を伝統的な集団の堅い団結によって成果をあげてきたこの国の各分野の集団が取り入れてはたして大丈夫なのかという問題がある。
 悪乗りした会社では早速従業員いじめともとれる行動に出ている。ある会社では社員一人一人に目標設定をさせ労働時間を無視する。それを基準に給与をさせ労働時間を無視する。それは基準に給与を年俸で支払うと言う。成果を出せば上廻るし悪ければ下がる。個人の競争する心理を利用したこのシステムは米国のフロンティアスピリッツを支えた原動力だったのだ。アメリカンドリームは正にこの仕掛けによって生まれてくるのであった。
 米国の人権外交はアジアに及んでいる。人権すなわち個人主義の別称と言え評価は二分している。アジアの集団主義、伝統文化維持とも利害調整や妥協により決断ができないという決定的な弱点を露呈しているが、米国式の個人の成果主義に頼ってしまうのも問題があるというのがアジアの一般的な反応といえる。
 欧米の考える人権とはあくまで個人の政治的自由だけを評価し、社会全体の文化的独立性に基づく人権を必ずしも評価するものではない。そこに米国式の限界があるとみるのがマレーシアやシンガポールの指導者の言い分であり、韓国の金大中氏は儒教、ミャンマーのスーチー女史は仏教のなかにアジアの伝統的民主主義の教えがあると力説している。残念ながら日本の政治家からは何も聞こえてこないのは何ゆえなのだろうか。
 今のところ成果を出している米国式がえらく鼻息が荒いが、これも万能ではなくパレスチナや各地の紛争問題では無能ぶりを発揮しているし、アジアの伝統文化も美しいが長い伝統の割に成果をあげていない。今後も人類は同じ数だけの成功と失敗をくりかえして行くものらしい。
 ところで我国に導入されようとしている成果主義は危機を克服するための一時的手段としては評価できるが、やがて害毒が広がって元に戻される時代がくるような気がしている。
 最も好ましいことは成果主義ではなく成果を出す人間を多数輩出させた人物を評価すること、つまり成果を出して自己完結する人物よりも、多数の人間に成果を出させる影響力をもつ人物を最大級に評価する時代のくることが望ましいのではなかろうか。アジアにはそんな人物が居た時代があったような気がする。
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