初(はっ)ちゃんの世界紀行――吉田初枝
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路での友
 時折、いつもの日常生活をすっかり忘れて、京都を離れまったく見知らぬ土地にこの身を委ねたくなります。計画はせずに、家族経営の民宿に泊まり、ブラリと通りを散歩したりひなびた店でTeaを味わったり、市場で臭いや騒がしさのなかに立って、当地のいつも食している惣菜を毒味する……。また、宿の家族のふだんの生活を垣間見て、習慣も風俗・言葉も違う人々の生活を感じるのが気に入っています。
 そして、帰国間近になれば、今の平凡な生活ができることに最大の喜びを強く意識し、わが家庭の有難さにいつも気づくのです。

 旅とは人生、人生とは旅だと言われますが、未知なる地を旅すると心からそう思います。知らなかったことを旅路で知り合った友に教えてもらったり経験すると、世間に疎い自分が旅で少しは成長したかもしれないと思っています。「袖振り合うも他生の縁」――何かの御縁にて旅で出会い、今日までずっと気持ちを残している数人の友がいます。一人は、中国・広州に住む若いカップル。娘と同い年なので、中国に住む息子と思っています。

 彼との出会いは、15年位前に雲南地方への一人旅で、宿の小さなトラブルを助けてもらった時に始まります。その当時は、中国への入国はビザが必要で時間がかかり、香港から列車で広州へ入るのが一番の近道でした。彼は中国の旅行会社の公務員で、やさしく真面目な態度は何時も変わりません。難問を持ちかけても彼の友人が各地にいて、中国各地の一人旅も問題なくできました。

 幾度も彼に会う間には、失恋や母を亡くしたりお父さんが病気だったりと、彼の心が見え隠れしていました。やがて職場のよき人と巡り会ったらしく、紹介してもらうとすぐに私は太鼓判を捺しました。結婚して息子が誕生し、今では自宅を二軒所有しています。公務員には政府が援助するローンの抽選があり、彼と彼女が一口づつあたったそうです。それで、一軒を人に貸して、その家賃でもうひとつの自宅のローンを支払っているとのこと。

 日本語を猛勉強し、正しい標準語をマスターして、広州に進出した日本の企業に転職しました。私を日本のお母さんとして慕ってくれ、彼の成長が楽しみです。1年に一度は彼の自宅にスティして、ホームヘルパーさんまがいをさせてもらっています。一飛びで理想の息子に会えることは、ありがたい旅のプレゼントでしょうか。

 ブ ルガリアのボーリアさん(女性)とは、ルーマニアのブカレストからブルガリアのペリユ-タルノボへの途中、国際列車の中で知り合いました。座席番号が彼女のすぐ前で、列車の遅れも手伝って長い車中も短く思うほど話が弾みました。あまりにも彼女が日本のことに興味をもち話が合うので、途中下車を止めて首都のソフィアまで一緒に行きました。下車の際、自宅に泊まるよう誘われましたが、その頃は入国と同時に四角の線を引いた紙に、「自分の泊まったホテルのスタンプを押すべし」という外国人に対する規則がありました。私には、その法を犯してまでの勇気がありませんでした。彼女の自宅近くの宿からブルガリアの田舎巡りをしたり、母親に招かれたり彼女の友人との出会いは、実に心よいものでした。

 彼女はロシア語と英語の通訳をしながら、ソフィア大学の図書館に勤務し、学生時代の結婚で息子一人がいますが、すぐに離婚して一人で育て上げたようです。今のご主人は父親のような存在の方で、建築の技術者らしく中欧の国々のビルの建設に渡り歩いており、彼女は通い妻であることを自称していました。ブルガリアには馴染みがなかったのに、彼女への会いたさを理由に何度も足を運びました。

 そして、東欧・中欧の国々を巡りました。それぞれの国は、少し近代化には遅れていますが、昔ながらの伝統を重んじて民族を誇りに思っています。生活は実に質素で素朴、いまだに国境を接するが故に戦の傷跡も引きずっています。いつものんびりとした旅を心ゆくまで味わうことができ、想い出す度に懐かしさが込み上げてきます。

 現在、彼女は勤務のかたわら、ヨーロッパ各地からはみ出て放浪の旅を続けるロマ人の子供たちに、教育を与える小さな教室を開いています。そのボランティアの仲間で大阪在住の匿名の方が、資金を出しているとか。彼女の日本人に対する絶大なる信頼度は、ここから発せられたと理解しました。

 彼女との交際は10年近くになりますが、以前一緒にお世話になった方とともに航空券をプレゼントして、日本の春を楽しんでもらったことがあります。吉野の満開の桜のなかに佇む彼女は、「これは夢の中だ」と思わず叫んでいました。その姿を想い出し、来年のサクランボの季節には会いに行きたいなと望んでいます。

 これからも、旧友を訪ねたり山岳地と歴史を巡る旅を続けられよう願っています。

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